[大人のコラム]

 

中村が初めてブラジルを訪れた時に経験した、底辺の音楽風景。

ドリス・モンテイロ/サマー・サンバ(フィリップス PHCA-4244)

 ボサ・ノヴァのムーヴメントは1950年代の終わり頃から始まった。それはそれまでの古い体質の音楽に対する反発とアメリカのジャズへの憧れから若者達の中で生まれた、というのが定説になっている。1950年代の同時期、リオでは同じようなベクトルを持ったたくさんの若い音楽家達がそれぞれ個々に新しい試みに挑戦していた。それがジョアン・ジルベルトやトム・ジョビンの成功をきっかけに一気に結びつきボサ・ノヴァという大きな波になり、やがてブラジルだけでなく世界中にその波が及んでいくわけだ。その時代のブラジルを知らないけれど、その後20年ほどたった1970年代の終わりに僕はブラジルを放浪し、サン・パウロの片隅のバールでブラジルの音楽の底辺の部分に触れたことがあった。その頃はボサ・ノヴァはやや沈滞気味で、もっと社会性を持った詞にロックがかったメロディーが流行りだった。でもそのバールでは様々な地域、年代のブラジルの音楽がごく自然な形で演奏されていた。もちろんボサ・ノヴァやサンバも彼らの主要なレパートリーとして毎晩演奏されていた。このドリス・モンテイロのアルバムを聞いていて浮かんで来たのはその時の光景だった。
 
  開け放した入り口からは片隅の壁に掛けられたギターが見える。カウンターとテーブル席が三つしかない小さなバール。カウンターの中には白い上っ張りを着たジョアンが、一人手持ちぶさたに頬杖をついて午後の明るい街角をぼんやり眺めている。昼間は客の姿もまばらで薄ぼぼんやりとした印象しか与えないバールが、夕暮れからはその様相を一変させる。
  仕事を終えシャワーを浴びこざっぱりしたシャツに着替えた人達が、三々五々そのバールに姿を見せ始めるのは、大体夜の8時くらいからだ。「調子はどうだい?」握手してお互いの肩を叩きあう。女性には両頬に軽いキス。「もちろん絶好調さ、君の方は?」毎日の事なのに大げさな挨拶。それは一種の儀式のようなものだ。そしてまずはショッピ(生ビール)。
  いつの間にかバールには人が溢れかえっている。下らない冗談を言い合い馬鹿みたいな大声で笑う男達。少々卑猥な冗談を女性達も際どい冗談でやり返す。カウンターの中ではジョアンが、昼間の姿とは打って変わってきびきびと忙しそうに注文をこなしている。そしていつの間にかオーナーのアゴストが、男達には手を振り、女達にはウインクをして挨拶を交わしている。
  ジェトゥーリオ、トゥニコン、カピタン、ミシェル、セーザル、マリーア、ジヴィーナ、ジョアーナ・・・。昼間は会社員、学生、消防所員、中にはサン・パウロの州会議員といった人達が、そこでは肩書きのないただの陽気な仲間として、そしてただの音楽が好きな友達として集まっていた。誰かが壁のギターを取り、軽いサンバを弾き始めると、グラスを持った人達がその周りに集まって来る。ビールの空き缶で作ったガンザを振る、テーブルやグラスを叩く、マッチ箱を軽く指先で叩く…。ギターとパーカッションのアンサンブル。もうそれだけで完璧だ。そしてみんなが歌い始める。軽くダンスの真似をする女の子・・・。
  ギターの巧い仲間が姿をみせると、彼は最初のショッピを飲むことも許されない。「こっちへ来いよ・・・」先に酔っぱらい始めた仲間の大声に誘い込まれ、無理矢理ギターを持たされてしまう。まわりからは口々にリクエストの曲名が上がる。ギターを抱いた本人は苦笑いしているが、少しは得意な気分らしい。「OK・・・」みんなを制して彼はサンバ・カンソンのイントロを弾き始める。そしてまた合唱が始まる。
  「私の伴奏してくれる?」女の子がギタリストにウィンクして立ち上がる。彼女のレパートリーは小粋なサンビーニャ(短いサンバ)だ。素晴らしいリズム感に誰もが魅了される・・・。
  僕がサン・パウロにいる時、毎晩のように入り浸っていた「セン・ノーメ(名無し)」というバールの夜はいつもそんな風だった。僕はそこでギターと歌を教わった。セン・ノーメではブラジルのあらゆる音楽が演奏されていた。流行のMPB、サンバやボサ・ノヴァはもちろんバイヨンやセルタネージャ、ムジカ・カイピーラといったフォーク・ソング的なもの、そしてボレロやサンバ・カンソンといった甘く叙情的な曲・・・。すべてがギター一本と適当なパーカッションだけで演奏された。彼らの素晴らしい所は、一人一人が違ったスタイルを持っている、と言うことだった。同じ曲を演奏しても全く違うアプローチの演奏をする、例えばジェトゥーリオはボサ・ノヴァ風にアレンジし、トゥニコンはショーロ風に、という具合だ。さらにそれぞれのスタイルの中でも個人個人が様々な工夫を凝らし、その事をお互い同士で競い合っていたりもしていた。それは彼らにとって知的な遊びだった。時には誰かが自作の歌を披露し、周りのみんながその曲を肴に議論をし始める、という事もあった。議論は夜通し続いた。彼らの中では音楽が自然に生活にとけ込んでいた。そういった町の作曲家、詩人達がそれなりの敬意を持って遇されていた。実生活ではともかくボヘミアン達のバールの中では彼らは一種の英雄だった。かつてセン・ノーメからも大スターになったシコ・ブァルキやトッキーニョといった人達を輩出していたが、同じように、市井の街角やサロン的な場所から様々な芸術が生まれていたのだろう。その自然さがブラジル音楽の底力であり、奥深い所でもあると思った。
 
  ドリス・モンテイロのこのアルバムを聞いた時、最初に感じたのはなつかしさだった。20年も前のセン・ノーメでの夜がまざまざと蘇ってきた。もちろんここにはセン・ノーメのようにボロボロのギター一本でなく、素晴らしいバック・ミュージシャンのサポートがあるし、彼女の歌もはるかに巧いプロのものだ。しかし、フェイクなどはあまりしないで歌詞を大切に正確に歌っていく、斜に構えるのではなくまともに歌い込んでいく雰囲気には、あのセン・ノーメの仲間達に通じるものを感じた。
  ドリス・モンテイロは1950年代の初め頃から活躍してきた女性シンガーだ。ほぼ同時代に活躍したシルヴィア・テリスやマイーザといった人達と同様、彼女もサンバ・カンソンや小粋でジャジーなサンバを得意とし、派手ではないが、確実なファンと地位を持っている。彼女達はボサ・ノヴァの時代の以前から既にジャズ的なアプローチの曲を歌っていた。そういう意味ではボサ・ノヴァの先駆的な存在の一人とも言える。多くのブラジルのヴォーカリストがそうであるように、彼女もハスキーな低音域の声に独特の魅力がある。アメリカなどのポップス系で聞かれる、高音域を中心にした歌い上げる声とは対照的だ。そしてブラジル人独特のバランソ(スゥイング)感。よくヴォーカルものの表現で、バックのリズムにのる、というような事を言われるが、優れたヴォーカリストはバックのリズムに乗るのではなく、自分自身で逆にバックを引っ張ていく事ができる。もちろん彼女も例外ではない。特に言葉数が多くリズミカルなナンバーなどでは、ゾクッとするようなスリリングな面をみせたりする。
  そして彼女のバックを務めているのが、ハモンド・オルガンの巨匠、ワルター・ワンダレイのトリオ(サン・パウロで録音)と、数多くのアルバムでアレンジを担当してきたリンドルフ・ガヤの楽団(リオでの録音)だ。特にワルター・ワンダレーはこのアルバムでも取り上げられ、彼自身がバックを務めている「サマー・サンバ」の世界的ヒットでお馴染みだ。晩年彼は日本に長期滞在し、演奏を聞かせてくれた。僕も何度か一緒に演奏させて貰った事があるが、ハモンドから出てくる音の波にはまるで手で触れられそうな圧倒的な存在感を感じた。
  このアルバムではマルコス・ヴァレのものを中心に大御所ジョアン・ドナート、ドゥルヴァル・フェレイラ、エウミール・デオダート、ゼ・ケッティなどのナンバーが取り上げられている。いずれもボサ・ノヴァの時代に様々なジャジーな試みを重ねて来た人達の作品である。 
斬新さと同時に何処となく懐かしいような温かさを感じさせるアルバムだ。