[大人のコラム]

 

リチャード・ボナ・レヴランス・解説 

 大地を疾走する俊敏な筋肉を持ったもの・・、ボナにいだいた第一印象だ。
彼と初めて会ったのは一昨年の暮れのソニー・ジャズの忘年会でだった。ちょうど渡辺貞夫さんのセッションに参加するために来日していたところ、その合間を縫って遊びに来ていたのだ。彼のファースト・アルバム「シーンズ・フロム・マイ・ライフ」を日本でリリースしてそれほどっていなかった。
ソニー・ジャズの忘年会では普段は事務所にいるスタッフが中心になってジャム・セッションを繰り広げ、そこにアーティストが飛び入り参加したりする。その日もケイコ・リーん、TOKU君などが普段とはちがう気楽な雰囲気でギグを楽しんでいたし、僕もボサ・ノヴァの曲になると参加させてもらっていた。
最初の印象は静かな人という感じだった。その夜のボナは少し疲れていたのかも知れない、もう少し良く彼を知ってみると、いつもパワフルで賑やかな彼だが、その時はおとなしく部屋の隅に座っていた。ひとあたり挨拶をすませた後は、ジャム・セッションにも呼ばれたりしても、少しはにかんだような表情をして断っていた。僕も紹介され握手を交わした。その手は大きく柔らかかった。その後僕はなんとなくボナのそばにいた。共通の友人のピエール・バルー氏のことや、リシャール・ガリアーノさんのことなどを話したぐらいで、あまり大した話はしなかったと思う。ただ僕が持っていたギターに興味を覚えたらしく「ちょっと見せてくれるかい?」と聞いてきた。僕は喜んでギターを渡した。
正直言って僕は彼をあまり知らなかった。ジャコ・パストリアス的で、あのマーカス・ミラーが「凄い早弾き!」と言ったという驚異的なテクニックを持ったベーシスト、といった名声は聞いて知っていたが、実際の彼の演奏は聞いたことがなかった。だから彼の最初の楽器がギターであることなどの予備知識はなかったのだ。ミュージシャンの多くは自分の専門以外の楽器もこなす人が多いし、ギターはその中でも最も手軽なものだ。だからそこそこのものは聞かせて貰えると思っていたが・・。
彼はギターを手に取ると上から下までそして裏返したりしながらゆっくりと眺め、軽く頷いて微笑んだ。そして膝にのせると、その長い指で弾き始めた。
軽くアフリカ的なリズムのカッティング、一見すると簡潔で端正に聞こえるが、その奥は複雑に自由にリズムが遊んでいる。そして質量感のあるリズムのうねり・・。少し顎を振るぐらいで身体をあまり動かしたりはしていないが、なぜか全身が躍動して見る・・。彼がギターを弾いてリズムを作っている、というよりはすでにそこにリズムが存在して、そのなかで小さく身体を動かしているようだ。クルクルとよく動く目で表情たっぷりに、ちょっといたずらっぽい顔をしたりしながらパターンを変えて、いくつかの曲の断片を弾いてくれた。そして時々挟む早いスケールのパッセージはまるで全力疾走する野生動物が一瞬のうちに方向を変えるように、スピードとスリルに溢れていた。早いテンポのもの、ゆっくりしたもの、どのリズムも広がりと余裕を感じさせ、しなやかで生き生きしていた。そして「僕もブラジルに行ったことがあるんだ。ブラジルのリズムはこんな感じだね・・」と言いながらサンバのカッティングまで披露してくれた。
しかし何よりも僕にとって最も印象的だったのは彼が弾き始めた瞬間からその場の風景が変わったことだ。時々ファルセットのスキャットを交えたギターを聴いている間、僕は東京のバーの片隅ではなく、広大な大地に立っているような気分がしていた。土の匂い、強い日差しと陰、そして吹き抜ける乾いた風の感触などが、不思議なリアルさと懐かしさを伴って僕を包んでいた・・。
「Good guitar!」短い間だが微笑みながらギターを返してくれるまで、僕は白昼夢の中にいるような気分だった。
その後彼のオリジナル曲に僕が日本語詞を書く機会が訪れた。その一曲がこのCDのボーナス・トラックに納められている「風がくれたメロディ」だ。もともとNHKの「みんなの歌」で彼自身の歌で放映されたものだ。僕の書いた詞は大地をさすらう吟遊詩人的な世界になっている。それは彼の印象があまり強くて、そういった言葉しか浮かばなかったからだ。その曲ができるまでに何回かお互いにデモ・テープをやりとりした。彼も僕が自宅で弾き語りして入れた自分の曲の日本語版を聴かされたわけだが、気に入ってくれたよだった。お陰で僕の新作「Luminoso」に参加してくれ、僕らはニュー・ヨークでミーティングも含め三日間セッションすることになった。その結果をボナ・ファンの方にも是非聴いていただきたい・・。
ボナは非常に多才な人だ。驚異的なベース・プレイが早くから注目されてきたが、それは彼の全貌のほんの一部でしかない。あらゆる楽器をこなし、すばらしい歌声で歌う。詩人であり作曲家であり曲アレンジも自分でこなしてしまう。そしてそのどれひとつをとっても非凡なものであり、まさに全身が音楽なのだ。でも僕がなによりも素晴らしいと思えるのは、彼の音楽には風景がある、ということだ。優しさとある種の懐かしさを含んだ風景が・・。ジャズのインタープレイのような音を音で語りあう無機的幾何学的な世界の中でも彼の風景は変わることがなく、そこに一陣の風を吹かせ、広がりを与えることができる。何度かライヴも見せてもらったが、ベースという前に出てくることの少ないポジションにいながら、彼の音像がもっとも広大に感じる。言い換えればすべての音がボナ・ワールドの風景の中で展開しているように聞こえてしまう包容力と存在感をもっているのだ。それはセッションの時もソロの時もまったく変わらない。
風景を語ろうとする音楽は多い。例えば森林や海、宇宙といったテーマを題材にしたものは世に溢れているが、実際にそういった風景を感じさせるものは稀だ。大抵の場合そこには広がりが欠けている。それは多分演奏者やコンポーザーの中にそういった風景がないからだろう。憧れはあっても自分の中にないものを表現することはできない。たとえ小さなものでも自分の風景を持ち、そこを基点に表現することが必要なのだ。
アフリカ・カメルーン出身のボナ。「自分の生まれたところは、ジャングルで電気も水道もなかった・・」子供の頃から楽器を手作りし、その故郷で自然と音楽を楽しんできたボナの世界にはいつもその風景が色濃く反映している。そして常にその風景を土台に彼は語ろうとしている。そこには自分の視点を持った人独特の説得力がある。自分のルーツをはっきりと持ち、そこから世界へ目を向ける。ワールド・シチズンとしての視点が彼には自然に備わっている。そしてそれを自由に語ることのできる音楽を手にしているボナ。自分の才能は神からの贈り物だ、その贈り物を大切にしたい、と素直に彼は語っていた。
このボナの新作REVERENCEは、彼のアカペラのヴォーカルで始まる。それはボナが歌う、ということをもっとも大切にしているからだろう。その歌声で一気に彼の風景に中に引き込まれてしまう。そして弾き語りのちょっとエスニックな香りのするもの、洗練された上質なポップ的なもの、キューバ・ラテン的なもの・・、様々に形を変えて綴られていく物語。独特のスピード感と質感のある柔らかなサウンドがまた僕の心を別の世界に連れていってくれる。彼の名を一挙に広めた超絶技巧的なプレイを期待した向きには、少し肩透かしを喰らったような気がするかもしれない。だけど良く聴いて欲しい。彼はそういったテクニカルな面を抑えているわけではない。突出して聴こえてくるものは少ないかも知れないが、バランスの取れたサウンドの中に自由に疾走する多彩な音が聴こえてくるはずだ。彼は自分の技巧に頼り音楽の世界をないがしろすることはしない。そのバランス感覚の良さもボナの大きな特徴であり、それがアーティストとしてのボナの世界だ。
彼の母国語ドゥアラ語が理解できないのが残念だが、英訳された彼自身の詞の解説を読むと、言葉の面でも実に様々なことに彼が心を向けているのが分かる。すべての物語が優しくセンチメンタルな彼独特の音風景に無理なく溶け込んでいる。
今後、ボナはこのアルバムにもゲスト参加しているパット・メセニーとのツアーに加わるそうだ。他にも世界のトップ・アーティスト達からも数多くのオファーが来ている彼の活動はますますワールド・ワイド広がっていくだろう。しかし彼は変わらす自分の風景を通して語り、僕らを魅了し続けてくれるだろう。
最後にもう一つ僕の感想。普段はいつも冗談を飛ばし、気さくな彼だが、音楽に対する姿勢は真摯で厳しい。そしていつも最大の努力を払うことを彼は惜しまない。ボナは僕にとって、憧れや好意をいったものだけでなく、尊敬することのできるアーティストだ。