OUT THERE 3/4月合併号に掲載されたものです。
SAMPA(サンパ) 中村善郎
家のマンションの庭には白樺の木が植わっている。東京のど真ん中に白樺、というのはちょっと珍しい。大体高原とか北国と言った空気の良い場所にしか育たないというイメージがあって、たまに訪れる友人達も珍しがる。管理人氏の話によるといろんな樹木を試したが、不思議な事に白樺しか育たなかった、という事だ。でも北海道に行った時、土建屋をやっている友人が白樺の林を指しながら教えてくれたのは、白樺は土地が良くない所に生える、という事だった。あまり喜べないことかも知れない。
その白樺の一本は窓から手を出せば易々と届く所にある。家は二階の部屋でその枝が窓を開けると入り込んで来るぐらいだ。枝が一番延びて来ている側はいつも網戸が立っているので、それに触るぐらいで本当に入ってくる事はないのだが、そこに様々な小鳥が訪れる。彼らは部屋の中にいる僕にすぐには気が付かないらしい。チッチと鳴きながら窓の近くまでやって来て、そしてすぐ側にいる僕と目が合った途端、やばいっ、と言う感じで飛び去っていく。常連はシジュウカラ、雀、鳩と言った連中だが、その顔ぶれは季節によって変わる。僕のお気に入りはカワラヒワというモスグリーンの小鳥だ。彼らは夏前ぐらいから姿を見せ始める。白樺に付く小さな穂のような種を食べにくるのだ。彼らが食べ散らかす穂のかすが風に流され若葉に当たると雨のような音を立てる。初夏の頃、天気が良いのに降りだしたのかな、と窓の外を見上げるとその姿が見える。カワラヒワの来初めは天辺あたりの柔らかい穂から食べるのだ。大勢のカワラヒワが穂をついばみながら上げるキリキリ、と言った鳴き声は僕の一番好きな音楽の一つだ。その他にも鴬、ヒヨドリや名前を知らない赤い色をしたふっくらとした雀ぐらいの大きさの鳥などが来る。ここに越してきてから二回しか見てないがキツツキの仲間が来た事もある。一番最近キツツキを見たのは去年の秋だ。目の前の幹にとりすがり、コンコンと乾いた音を立てて遊ぶ姿はしばらく見とれてしまった。
しかしそう言った小鳥達の姿も最近めっきりと少なくなって来た。一番当たり前に来ていたシジュウカラも今や珍しい客になりつつある。そして変わりにカラスの姿が目立つようになった。
同じ町内に一区画丸ごと、と言った広大な土地を専有している通称D氏の森という屋敷があった。もとは公園だったその区画には、昔からの原生の木々が鬱蒼と茂っていた。そしてD氏はその森のような庭をわざと手を入れず残して来たのだ。小鳥達はそこをねぐら或いは中継地にしていた。しかしバブル経済が崩壊し、外国人のD氏は屋敷を売り、国に帰って行った。買ったのは区だった。そして開発と言う破壊が始まった。老人用の介護施設と介護人を養成する学校を作るというのが目的だった。周辺住民に対する説明もないままその開発は始まり、気がつくと塀越しにも鬱蒼としていた空が明るく見えるようになっていた。結局その後その計画自体は頓挫した。都心の真ん中にそんな施設が必要か、という疑問と貴重な自然の保護を求める強力な住民の反対にあったからだ。今は別の場所に建設中だ。そしてD氏の森はそのままになっている。伐採された木々は戻らない。そしてそこをねぐらにしていた小鳥達も・・。壊す事は簡単だが、失ったものを取り戻すのは大変だ。
ブラジルのアーティスト、カエターノ・ヴェローゾの「SAMPA(サンパ)」という曲がある。ごみごみとした大都会、サンパウロを少し皮肉な目で描いた歌だ。カエターノ自身のものとジョアン・ジルベルトのカヴァーが印象的だ。とてもセンチメンタルなメロディを持っているので、ちょっと聞く分にはそんな重い内容の曲には聞こえないが、その一節に「金の力が美しいものを破壊してく」という言葉がある。サンパを歌う時僕は、いつも変わってしまったD氏の森の事を思い浮かべてしまう。